みえるひと 明神×姫乃




ぶつけた頭のタンコブはまだ相変わらず、じくじくと痛む。
明神は、先ほどの姫乃の言葉を頭の中で繰り返しながら
引きっぱなしの布団の上でごろりと横になった。

『膝に乗っかってくれても良かったんだよ?』

あっけらかんと言ってみせた、彼女。
自分といえば、やれ重いだの、脂っぽいだの、ヨダレだの・・・と
その前の一連の出来事に心臓が飛び出しそうになっていて
余裕なんて微塵も感じられない発言をしてしまったのに!



02.女子高生とサングラス *美咲


(ひめのんは、俺のこと男としてみてないんだろうなぁ・・・)

はー、俺かっこ悪いなぁと一人ごちて
明神は薄い敷布団の上で転がった。

だって、そうだろう。仮にも「異性」として意識した相手に
薄いパジャマ一枚で、「私のお膝へどうぞー」
なんて軽軽しく言えるわけがない。

もし寝相が悪いのが姫乃の方で、
頭をごっちんごっちんぶつけながら管理人室まで転がってきたとしても
『俺の腕枕で寝てもいいよ』なんて、口が裂けてもいえない。

ひめのんを?腕枕?自分の腕の中に誰かがいるなんてそれだけ落ち着かない。
それがひめのんならなおさらだ。緊張して動けない自信がある。

(あー・・・この意識されない悲しみ・・・)

意識的か無意識か、ガクの馬鹿みたいな言い回しになって
チッと舌を鳴らしたと同時、
入るよー、と控えめな声がしてひたひたと足音が近づいてきた。

  (寝たふり・・・しよう)

明神は、狸寝入りを決め込んだ。
今の今まで考えていたその人本人に、来られても
落ち着いた大人の対応をできる自信がない。
取り乱すか・・・もしくはそっけなくなってしまうか。
どっちにしろ姫乃にも自分にも全く得がないんだから。
寝たふり、寝たふり。

トット、と不規則に足音が響いている。
洗った洗濯物やら、食べたまんまのカップラーメンやら
色んなものがあるから、転ばないか心配。
しながらも、寝たふりを続行する。

「明神さーん、うわっ」

トッと最後の足音がした瞬間。

「・・・っ!!」

にぶい音、痛みのち、体に触れた柔らかい感触。
首筋にあたる、さらさらと長いもの。

「う・・・あ・・・?」

「いった・・・みょ、明神さん、ごめんなさい!私転んじゃって・・・」

恐る恐る目をあけると
世にも恐ろしい格好(人はそれを制服と呼ぶ)で
自分にまたがる姫乃だった。

「だ、だだだだ大丈夫?怪我ない?」

あんぐりと空いた口が塞がらない。
自分がどこにまたがっているのか
分かっていないようで(しかもスカートで)
ひたすら、大丈夫?と繰り返している。

「う・・・だ、大丈夫です・・・」

「で、でもすごい鈍い音したし・・・!ほ、骨!骨とか大丈夫?」

「案内屋・・・なめんな・・・」

引きつった笑顔で答えると、姫乃は安堵したように
ゆるりと、笑う。

さぁ、そこをどいて、と言おうとした瞬間、
ハの字だった眉毛が、きゅっとつり上がる。

「でも元はと言えばっ!」

「はい!」

「これっ」

グッと姫乃は、明神の前にサングラスを突きつけた。

「大事なものなんでしょっ!コレ!」

ぐっと肩を掴まれる。
ある意味、ちかちかしている頭を揺さぶられて
更に頭がちかちかする。

腰に手を当てて、姫乃はお説教を始めた。

「気が付かなかった私も悪いけど、大事なものだったらちゃんと高いところに置いて
おきなさいっ」

「・・・へ?」

「だーかーら!私、サングラス踏みそうになっちゃったの!それで、転んじゃった の。」

「・・・まじか」

「『まじか』じゃないよ、明神さん!今までは生きてる住人がいなかったから
 大丈夫だったかもしれないけど、私がいるんだから気をつけてくれないと!分かっ
た?」
「・・・ハイ」

お願いだから男の腹の上でもぞもぞ動かないでくれ!
悲痛な叫びはご立腹の彼女には届かない。

「大きな声で!」

「ハイィィィ!」

いくら、ご立腹でももう耐えられない・・・
その太ももの感触!

「時にひめのん」

「・・・なに?」

「そこ、どいてくれる?」

もう、俺持ちそうにない。
説教が終わったのは理性を保てるギリギリのところだった。
自分がどこで、どんな格好をしているのか理解した姫乃は
可哀想なくらい耳を真っ赤にして管理人室を出て行った。

開けっ放しのドアから、味噌汁の匂いが漂ってきた。
考え込んでいたら、もう朝ごはんの時間になっていたようだ。

明神は深く深く息を吸い込むと、もう一度布団へとなだれ込んだ。

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03.「家族の食卓」へ続く。

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