みえるひと 明神×姫乃




鈍い衝撃を覚悟してつぶった、瞳。
明神は、予想とは違う、唇をかすめた柔らかい感触に
目を見開いた。

「・・・へ?」

自分でもびっくりするくらいに間の抜けた声が出る。
落ち着け、落ち着け、俺。
ちょっと、ちょっとだけ待ってくれ。

誰も自分をせかしていないことは分かっている。
だけど、誰かに弁解せずにはいられない。

柔らかい感触?
あれは、たぶんひめのんの唇の感触。
もしかして、もしかすると、これは。


――――キス?


触れるだけの、かすめるだけの幼くて、つたないキスだったけれど
これは間違いなく・・・

「・・・えええええぇ?」

明神は、思わず口元を覆い、一歩後ずさった。



08.転げ落ちる坂道*美咲





一歩後ずさったはいいが、明神はそこから動けずにいた。
まるで、体の回りに結界が張ってあるかのように微動だにできない。

理由、聞かないの?と言ったときの姫乃の表情。
怒ってる?と言ったときの姫乃の表情。

わけのわからない情報の断片だけが、散漫としていて
全くまとまらない。

ちょっと待て。焦る頭を無理やり、冷静にしようと頭を振る。
よし、まず今日一日を振り返ろう。

今日は朝起きて、ひめのんが腹に乗って、
そんで一緒に朝飯食べて、ひめのんが弁当忘れたから届けにいって、
ひめのんに管理人さんなんて呼ばれて。
軽く、いや相当ショックを受けて・・・一人で飯を食って。
それから、それから。

「・・・明神さん。」

そこまで考えたとき、姫乃は明神の思考を遮って
下から明神を覗き込んだ。

「遅くなってごめんなさい。エッちゃんちにお邪魔してて、それで。」

「・・・え、あ、はい」

「明神さんは、今まで、何してた?」

「・・・昼寝とか、散歩とか、夕寝とか」

「夕寝って・・・明神さん、寝すぎだよ」

「ご、ごめん」

モンモンと考えている明神とは対照的に
姫乃は何か決意でも固めたかのような、でもいつもの彼女の笑顔で
明神にマシンガンのごとく質問を浴びせる。

彼女の意図は分からないけれど、何だか姫乃は楽しそうだった。
さっきのキスのことなど、頭にないかのように。

――――あー・・・もしかしてこのキスが攻撃なのか?俺、からかわれてる?

確かに精神的には大打撃・苦しい、苦しい。
最近の高校生は進んでるからなぁと思いつつ
もう一人の自分は「ひめのんはそんな子じゃないだろう」と窘めている。

とりあえず、考えがまとまらない。

どうして、姫乃は弁当を届けたときあんな表情をした?
どうして、理由を聞かなかったときにまいったなぁ。と言った?
どうして、今キスをした?

自分の頭の隅から頭の隅まで
ぜーんぶの情報をひっかきまわしてみても
答えは霧の奥深くに隠れている。

頭の半分以上をさっきのキスで占領されている明神は、
矢継ぎ早に進む姫乃の質問にただ機械的に答えていた。

「お夕飯は、もう食べた?」

「て、適当に済ませた」

「適当って?」

「あー確かラーメン。一応、キャベツとかぶちこんだ」

「そっか・・・そっかそっか。明日は、おいしいもの作るからね」

「・・・・・・」

「あ、お昼ご飯は?」

「確かパンを食った」

「どこで?誰と?」

「公園で。誰とっていうか・・・一人で」

「あー・・・そっか。あー!もう私の馬鹿。明神さん、ごめんなさい」

「や、あ、あのひめのん?」

「あのね。お昼のね。お弁当ね。届けてくれた・・・あぁぁそうじゃなくてまずっ」

「べんと・・・」

「あのね、私明神さんが、好き!」

「うん、俺もす・・・き・・・?」

弁当がどうかしたのか。
そう聞こうとした言葉尻を奪って。

姫乃は言った。
言ってから、言ったことの重大さに気が付いたのか
言った後でうっすら涙目になっている。

転げ落ちる坂道の小石のごとく、続いていた質問はぷっつりと
止まる。

シン、と静まり返る室内。
お互いの、鼓動の音まで聞こえてしまうのではないかと、心配になるくらい。
明神の目が大きく広がる。
その瞳は信じられない、という顔で姫乃を見つめて。

「・・・・・・・い、言っちゃった」

涙目の次に、思い出したように顔を赤くする姫乃。

気が付けば、明神は力の限り姫乃を腕に閉じ込めていた。

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「09.×××が重なる瞬間」 へ続く。

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