みえるひと 明神×姫乃




「ぐっふ・・・」

「明神さん、明神さん!どうしよ…えと、黄布!巻けばいいんだよね?」

「・・・う・・・あ、自分で巻け・・・から…」

「エージくん!エージくんちょっと来て!!」



10.長い一日の終わりと、始まりの夜*美咲


二人して、違った意味で涙目になりながら
なんとか黄布を巻き終わり、水の梵術で体を落ち着かせて。
一気に体の力を抜いて。

ちらりと見た時計の時刻はすでに23時を回っていた。

「それにしても・・・あー何話してたんだっけ」

確か、弁当の話の、途中だった。なんでこうもタイミングが悪いんだろう。
自分の頬を一発でも叩いてやりたかったが
あばらに響くのでそれも、できない。
明神は、あばらを手でかばいながら深く息を吐いた。

「ふー…」

横になってね、と促された万年床に、体を労わりながら
体を横たえた明神は姫乃の姿を探す。お風呂にはいってくる、と管理人室を出てから
30分がたっている。いつもなら一時間はいるから
まだ出てくるわけないのだが、早く出てこないかな、と意味もなく布団の上を転がった。

「明神さん・・・寝てる?」

すると、長い髪をパタパタとタオルで乾かしながら
管理人室へと向かってくる彼女が見えた。

「起きてる。ひめのん、悪いな。ゆっくり風呂も入らせてやれなくて。俺、大丈夫だからゆっくりして来いよ」

「ううん、いいの。いつも長風呂しすぎだから、ちょうどいい」

姫乃が、明神に倒れこんだ朝方よりも
綺麗になっている管理人室の、ど真ん中にひいてある布団の脇に姫乃は腰をおろした。

「…本当に大丈夫?痛くない?病院行く?」

「大丈夫大丈夫。俺を誰だと思ってんの。あとね、病院は絶対に行かない。」

「もー。なんでそんなに病院嫌いなの?どっちにしろ、・・・ムリは、しないでね。」

「…はい。」

ふと、会話が途切れて、ぱたぱた、と姫乃が髪を乾かす音だけが室内に響く。
なんとなく、空気が変だった。

『心臓、凄い事になってる、私。さっきもだったけど。』

『オレも。』

『心拍数150位。』

『じゃあ、オレもその位って事にしとく。』

『おそろいだね。』

『だな。』

あばら骨が痛み出す前までは、二人は全く違う雰囲気の中にいたのに。
想いが通じ合って。鼓動が重なって。唇まで重ねたのに。
すっかり「いつも」に戻ってしまった雰囲気になんだかな、と思いつつも
明神はゆっくりと姫乃の方に転がった。

「ちゃんと乾かしとけよ。風邪ひくからなー。」

「もうっ子ども扱いしないでくださいっ」

「だって本当のことだろ?俺もオッサンに口すっぱくして言われたからな」

「わーかーりーまーしたっ!」

すっかり戻ってしまった家族のような雰囲気。
少しだけ、違和感を感じる。だけど、でも、これが今日が始るまで、二人にとっての「普通」だった。
想いが通じたからといって、いきなり、腕を組んで街を歩く恋人同士みたいになれるわけがないし
それは自分達の形とは違うのかもしれない、と
明神はあいもかわらずほっぺたを膨らましている姫乃を見て思う。

「ひめのん、種食べ過ぎたハムスターみたいになってるぞー」

「むぅ。あんまりからかうと本当に怒っちゃうんだからね」

「短気は損気だぞ〜。」

はっはっはっ、と笑ってそう言った明神。
髪を一通り拭き終わった姫乃は、ハムスターのようだ、と言われた頬を
更に膨らませて、一気に息を吐いた。

「・・・本当、その通りだよね、明神さん」

何気ない一言のつもりだったのに、姫乃が思いがけずしゅん、となってしまったので
明神はおおいに焦った。焦りながらもどうしていいか分からずに
とりあえず頭でも撫でてやろう、と手を伸ばすと
姫乃はくずして座っていた足を揃え、明神の枕元に正座をする。
つられて、自分も正座しようとした明神を制して姫乃は口を開いた。

「………明神さん。」

「………はい。」

言わなきゃ。言わなきゃ。
姫乃の脳裏には、いつもツライ時にそっと助け舟をだしてくれる
友人の顔が浮かぶ。

お弁当の話なんだけどね、と口火を切って。

「…本当はね。あのお弁当、明神さんのために作ったの」

ずっと解きたかった誤解の紐をゆるゆると解き始める。

「・・・え?弁当って・・・あの、俺が届けた、弁当?」

「・・・うん、そうなの。あの時、明神さんに言えば良かったんだけど・・・」

本当にごめんなさい。変な意地をはっちゃって。
姫乃は姿勢を崩さずに、ポケットから
くしゃくしゃになったメモ用紙を明神の掌に乗せる。

『明神さんへ。お弁当作ったので食べてください。おかずしか詰めていないので
 ご飯は冷蔵庫のをチンしてね。ちゃんと温めて食べてください。 姫乃。』

少し丸っこいけれども、丁寧に書かれたメモ用紙。
何故くしゃくしゃになっているのかは分からない。
その理由を聞くべく、明神は言葉をつないだ。

「……俺、てっきりひめのんが忘れたのかと思ってて。ほら、朝色々あって忙しかったろ。」

「・・・うん。ごめん。」

「・・・いーよ、謝らなくて。もしかしてさ。俺、なんか変なこと言った?」

「ううん!違うの!違う・・・んだけどね。明神さん、怒らない?嫌いにならない?」

一人で百面相を続ける姫乃に明神は苦笑しながらも、しっかりと頷いて。

「明神さんがね、私との関係を佐々木君に聞かれて、ひめのんは高校生だし・・・て言ったじゃない?」

「なんかね。明神さんにね。そう言われたのがね。何だか、すごく嫌で。悲しくなっちゃって。」

言いづらそうに、でも一生懸命に話してくる姫乃に
明神はただただ頷く。

「それでね。ちょっと、八つ当たりしちゃったみたい。」

管理人さん、なんて明神さんのこと呼んで後悔した。嘘ついて、後悔した。
すっごく、本当に、これでもかってくらい後悔したの。本当にごめんなさい。
あのあと、明神さんの分のお弁当はエッちゃんと二人で手分けして食べたから
お夕飯はいらないくらいに、おなかいっぱいになっちゃったの。

こんなに子どもっぽい考え方しかできなくて、
あきれたよね、嫌になっちゃうよね。

でも、許してくれる?

最後の方は聞こえないくらい小さい声になって姫乃は
うつむいてしまう。

「ひめのん」

明神は、こんがらがっていた紐がするっとほどけていくのを感じた。

本当は、このあばら骨の傷がなければたぶん姫乃を抱きしめていたと思う。

馬鹿だなぁ。嫌いになるわけないだろ。
つまらんヤキモチを焼いて、
勝手にひめのんと自分の間に境界線を引いて、
勝手にあきらめて、困らせたのは俺なんだし。

言いたいことはたくさんあったけど、一番言いたかったことに
その想いをこめて。

「んな顔しないで、笑って。俺、ひめのんの笑っている顔が好きだし」

「…うん」

明神が言うと、相変わらず眉毛をハの字に曲げながらも
姫乃は明神の好きな笑顔でにこ、と笑った。
ほっとしたように緊張していた肩をおろして、
二度目は、ほにゃ、と100%彼女の笑顔で笑う。

うん、やっぱり姫乃は笑っているほうがいい。

「お詫びといってはなんだけど、これからは毎日、明神さんの分のお弁当も作るからね!」

「毎日ってそりゃ…嬉しいけど・・・大変だろ?作れるときで、その、お願いします」

「それじゃあ私の気が済まないのー!」

「う…じゃあお願いします。」

「はい。がんばって作るからね。明神さん、おかず、何が好き?」

明日はねー、何をいれようかな。鳥のから揚げ、好き?それともコロッケがいい?
嬉しそうにあれこれとメニューを考えている姫乃を幸せいっぱいの気持ちで
見つめていると、急激な眠気に襲われてきた。

考えてみれば、今日は朝から心臓が止まるかと思う出来事がいっぱいあったし
脳みそが擦り切れるくらい難しい考え事をしていたし、体も動かしたし。
何より、ハセから受けた傷がまだ治りきっていない。

開けようとしても落ちてくるその瞼に気が付いたのか
姫乃は小さく笑って、明神の体に覆いかぶさっている
薄い布団をしっかりとかけなおした。

「もう、寝ようか。傷、早く治さなきゃいけないし。」

「うん。ひめのん、あのさ」

「なぁに」

「…一緒に、寝る?あ、嫌だったらいいんだけど!何もしないし!って何ってなんだ!」

離れたくない、寂しい。本能的にそう感じて
理性で「一緒に寝るのはまずいだろう」と制す前に、
自分がとっさに言ったひとことで明神は一気に目を覚める。

「あーもうごめん!すみませんでした!えと、なんつーか忘れてくれ!」

慌てて姫乃は驚いて、目をまあるくしている。
が、すぐにその小さな身を薄い布団の下に滑り込ませた。

「明神さんの傷、開いたら大変だし、心配だし。…私も管理人室で寝ようと思ってたの!」

「でも」

「いいの、私が決めたんだから!それに、私明神さんと違って寝相はいいから、大丈夫」

「大丈夫って・・・」

だから、それ以上動かないの!
姫乃は近くにあった座布団を枕代わりに、今日の寝床を
管理人室に決めた。

『それ以上も、怖くない?』

『・・・明神さんなら、怖くない。と思う』

『何よ、思うって!』

『だだだだって、その時になってみないと分からないじゃない!』

エッちゃん、まだ今はその時じゃないけど
夕方よりも自信を持って言えるよ。
明神さんなら、怖くない。
夕方の、友人との会話が姫乃の頭の中でかすかに響いた。

「…天井が、3号室と違うね・・・当たり前だけど。広くて、高い。」

「自分で言い出しておいてあれだけど、本当に・・・その、ここで?」

「明神さん、しつこいよ!」

「う・・・電気、消すよ?」

「うん」

たらしている紐をひくと、訪れた、真っ暗闇。
いつもと同じ窓枠、電球、壁・・・見慣れた景色。
いつもと違うのは、隣で丸くなっている彼女の存在だけ。

緊張しているのは自分だけとは思いきや
強がりながらも耳まで赤くしてぎゅっと目をつぶっている
姫乃を見て、明神は変な緊張が、するりと解けていくのを感じる。

先走ったこと言わなければ良かった。
そう思ったけれど、こうしたいと思っていたのは自分だけじゃなかったようだ。
その安心感が、明神を少しだけ大胆にさせる。

「明日、何時に起きる?」

「・・・うーん、六時前。はりきってお弁当作らなきゃ、だし」

「そか。・・・楽しみにしてる」

「頑張るね!」

「…ひめのんが起きるとき、俺も起こして。」

「・・・えぇ。明神さん寝起き悪いんだもん。どうしようかなぁ。」

「・・・俺って寝起き悪い?寝相悪いのは自覚してるけど」

ふふ、と姫乃が小さく笑って、会話が途切れる。
もぞ、と明神が動く気配。
姫乃は閉じていた瞳をそっとあけると
これでもかというほど優しい目をした明神と目が合った。

再び、沈黙。

「・・・本当はさ」

「…うん」

「ひめのんのこと」

「…うん」

「ぎゅーって抱きしめて寝たい。息、できないくらいに」

「…うん」

「でも今日はできないなぁ。」

  『今日は』という言葉がくすぐったくて返事が一歩遅れる。

「…いいよ、これからいっぱいしてもらうから。」

「でも、これくらいは・・・平気だよな」

遠慮がちに伸ばされた右手。
小さすぎるその手に自分の手を重ねるとすっぽりとおさまってしまう。

「あったかい。明神さんの手。」

明神は一度ゆるめた手をもう一度握った。
あったかい、とそう言って来た姫乃の手の温かさに
ふいに涙が出そうになった。

家族のような居心地のよさは、変わらない。
それでも、すれ違っていた気持ちが重なった瞬間から、やっぱり
何かが変わった気がする。

明神がひいていた、ボーダーラインは消えうせた。
想いは、最高の形で解消された。

そして、二人は今、同じ想いを持って一緒にいる。
明日から、二人はどうなるんだろう。

昨日までの二人に、静かに手を振る。
お互いのぬくもりを感じながら、迎える暗闇。

「おやすみ。」

「おやすみなさい。」

そんな、長い一日の終わりと、始まりの夜。

========================================================================

大変お待たせいたしました。これにて、長編リレー小説はおしまいです。
お付き合いいただきまして、本当に有難うございました。
つくし・美咲


ブラウザのBACKでお戻りください。