05.それぞれ、想いの解決法 *つくし
とぼとぼと家に帰った明神は「お帰り」と迎えたエージを見るなり八つ当たりのジャーマンスープレックスをかけた。
「痛ってぇな!!何すんだこの馬鹿明神!!!」
浴びせられた罵倒に更に腹を立て、実に非生産的で理不尽な家庭内暴力が繰り広げられる。
「今日は何か…!お前の顔見てると無性に腹が立つ!!」
押さえつけ、拳で頭をグリグリしていると、涙目になりながらエージが言った。
「放せって!!学校で何があったか知らねぇけど、八つ当たりすんなよな!!」
その言葉にピタリと手を止めると、明神はエージを解放した。
「…何だよ。本当に何かあったのかよ。」
頭を抑えながらエージが言うと、明神ががっくりと肩を落とす。
「…いや。何も。なんにもなかったよ。悪かったな。」
そう言うと、くるりとエージに背を向け管理人室へと入って行った。
「わけ、わかんねぇ…。」
哀愁漂う背中を見送るエージ。
明神は部屋に戻ると、敷きっぱなしだった布団にダイブし、強く強く目を閉じた。
二つ並んだお弁当は、姫乃と友人の二人の胃袋に綺麗に収まった。
明神が見たらどんな顔をするだろうと考えながらウサギの形に切ったリンゴも、昨日の晩から作っておいたポテトサラダも、ちょっと奮発して買ったお肉の炒め物も。
友人がおいしいおいしいと歓声をあげる度に、ため息を吐きたい気持ちになるけれど、友人の手前ニコニコ笑い続ける。
「はー美味しかった!姫乃ありがと。」
「うん!…喜んで貰えたら、作った甲斐もあったよ。」
にっこりと笑う姫乃を、友人はパックジュースを飲みながらじいと見つめる。
「…ね、姫乃。食べといてなんだけど、コレ本当に食べて良かったの?」
「え?」
一瞬姫乃は動揺した。
顔には出すまい出すまいと思っていたのに。
けれど、友人はピタリとそれを言い当てる。
「食べなくても、もうココにあるって事は食べなきゃ勿体無いんだろうな〜と思ったんだけど。これ、本当に私用に作ったの?」
仲の良い友人にこんな事を言われれば、もう色々あったのだから。
言葉は喉まで溢れていた。
本当は言いたくて言いたくて仕方がなかったから。
「あのねっ。」
我慢は出来なかった。
姫乃は今日今まで半日の間に起こった事を、全てこの友人に吐き出した。
目を開けると明神は枕元の時計を引っ掴んだ。
時計の針は、12時半を指している。
「…寝すぎた。」
呟いてゴロリと転がった。
朝が早かったせいもあるけれど、睡眠をとりすぎて逆に目が回る。
「〜っ。」
今日はあんまり良く無い日なんだろうなとしみじみ思う。
朝方頭を壁にぶつけてたら姫乃が起きて来て。
ついでに何となく姫乃に男として意識されてないのかな〜、何て思わされる出来事があって。
そうかと思ったらいきなり馬乗りで説教されて。
「どいて」と言うまで自分がどんな格好かも解らないって言うんだから、「意識されていないかもしれない」が、「意識されてなさそう」に変化して。
それから、二人で朝食をとって、一人で悶々として…姫乃が弁当を忘れて行って。
グウ、と腹が鳴る。
追いかけるべきではなかった。
回答2.食べてしまう。
コレが正解だったかと切ない腹を撫でながら苦笑いした。
置いていったサングラスと黒いコート。
棚の上にあるサングラスをを、寝っころがったまま手を伸ばして掴み、かける。
これが在る、無いの問題ではなかったのだ。
そのまま、薄暗くなった視界で管理人室の天井を眺めた。
目を閉じると浮かび上がる風景。
沢山の、同じ制服を着た高校生。
その中に違和感無く混ざる姫乃。
その中で、明らかに「異物」だった自分。
おっさん、誰?
今朝の台詞が頭をよぎる。
「おっさんで悪かったなあ!!これでもまだ若いっての!」
思わず口に出して文句を言う。
あの時本人に面と向かって言えれば良かったのだけれど、高校生から見た23歳なんておっさんに等しいと言われてしまえばお終いだ。
大体言われなくても「年の差」はずっと気にしてるのに。
もう一度時計を掴む。
悶々としている内に、時間は1時になっていた。
早く、気持ちを切り替えなくてはならない。
その内姫乃が帰って来る。
遅くなるとは言っていたけれど、その時までにはいつもの管理人に戻らなくてはいけない。
ちょっと唇を噛んで、下を向いたあの表情。
なあひめのん。
あんな顔して、オレが期待したらどうすんの?
そのくせ、「管理人さん」なんて言ってくれちゃって。
明神は起き上がるといつものコートを肩にかける。
どう頑張ったって、何者にもなれやしないんだ。
とにかく腹が減ったので、食べ物を探しに外へ出る。
暫く、帰ってくるつもりはなかった。
逃げ…と言われればその通りだが、とにかく頭を冷やしたかった。
もやもやする気持ちを解消する上手な方法なんて、ブラブラする以外に何も思いつかなかった。
外の空気を吸って…腹を満たして。
それから散歩して?
ああ、あのじーさん達にも顔出すか。
それから?
「エージ!ちょっと出るわ。遅くなるかも。」
声をかけられ、エージと、一緒にいたアズミが壁からひょいと顔を出す。
「仕事か?」
「みょーじん、おでかけ?」
「うん、おでかけ。飯食って、それから…何か。」
「何かって何だよ!」
「気分転換。たまにはね。」
ひらっと手を振って玄関の扉を開ける。
本日三度目の「見送る背中」に、エージはあれ?と呟いた。
「…飯って、姫乃が用意してるんじゃなかったっけ?」
朝起きた時、姫乃が弁当箱を二つ用意しているのを見た気がする。
えらく上機嫌だったので、直ぐにああこれ一つは明神の分だな、とピンきたのだが。
浮かれすぎて自分の弁当を忘れて行ったと思っていたのだが。
まず、明神に弁当の事を伝え忘れていたのだとしたら。
そして明神がそれに全く気が付かなかったのだとしたら。
「…馬鹿じゃねーの。」
少年の二人に対する評価は厳しい。
アズミが眉をしかめ、首をかしげる。
「アズミ、ばか?」
「ああ、アズミじゃねーよ、気にすんな。絵本どこまで読んだっけ?」
「あのね!おおかみさんが、いたずらの電話を繰り返してるところ!」
「へいへい。」
きゃー!と言いながらエージの手を強くひっぱるアズミ。
エージは半歩遅れながらそのアズミについて部屋を移動した。
一息に全て話すと、言葉と一緒に吐き出した酸素を補給すべく、姫乃は大きく息を吸った。
「という訳で、何かね、ずっとモヤモヤしてて駄目なんだ。」
「ふーん。」
ううむ、と友人は大げさに腕組し、うんうんと頷く仕草をした。
「まず。」
「はい。」
「謝れば?あんたが弁当の事ちゃんと言ってれば、明神さんも今頃家で弁当食べててくれたんでしょ?」
「う…。」
正論をパシッと突きつける。
「それに、忘れたと思って持ってきてくれたんじゃん。いい人だよ、お腹怪我してたんでしょ?」
「それは…そうだね。」
怪我の事を言われると、本当に申し訳なくなってきた。
痛む腹を押さえて、走ってきてくれたのだ。
…あんな事さえなければ、今頃はもっと違った気持ちだったに違いない。
あの、それね、明神さんにつくったんだよ?
そう言っていたら、どんな顔をしてくれただろう。
いつもいつも、何かあれば飛んできてくれて、優しい明神さん。
…でも!
それなのに、あんなにきっぱり「違う」なんて「まだ高校生」だなんて言ってくれて。
ずるいずるい。
こんなに、一つ一つの事に喜ばされたり、哀しまされたり。
「仕方ないよ〜。だって本当に高校生なんだもん、あたし達。」
「だけどさ、あんな言い方…。」
「姫乃ー。それであんた、明神さんが好きなの?」
「…へぇっ!?」
突然の質問に、姫乃は顔を真っ赤にして手をぱたぱた振る。
「いや、その!好きとか…そんなっ、大それた事はねっ!」
「ほら。あんただって、明神さんにそういう事普段言ってるんだって!」
ハッとした。
自分が大きな間違いを犯していたという事に、今気が付いた。
「そ…そうかもしれない。違う、そうだ。」
「でしょ?だから明神さんは姫乃の気持ちに気が付かないんだよ。」
フルフルと震えているかと思うと、姫乃の目にぶわっと涙が溢れた。
「えええええエッちゃん〜!!!!」
「うわ!?ちょっと、姫乃!」
いきなり抱きつかれ、泣き付かれて一瞬動揺するけれど、最後は「はいはい」と背中を叩いて慰める。
クラスメイトが数人振り返る。
友人エッちゃんは焦って「私が泣かした訳じゃない!」と手を振ってアピールする。
佐々木、ご愁傷様。
頭をぐりぐりと擦り付ける姫乃をあやしながら、休憩時間を利用してグラウンドで野球に勤しむ佐々木に黙祷を捧げた。
「エッちゃん!私今日明神さんに謝る!ご飯すっごいおいしいの作ってあげる!お腹も早く治る様に、栄養あるもの食べて貰う!今私のせいでお腹すかせてるかもしれないし。」
「いや、何か食べ物で釣るのって…明神さん飼い犬じゃないんだから。」
「だって、私他に明神さんにしてあげれる事ないもん!」
姫乃は完全に反省モードに入っている。
めそめそしている姫乃の肩を、友人はバシッと叩いた。
「何言ってんの!確かに年上の男性を射止めるなら、手料理作戦は有効です!」
「作戦って…何?エッちゃん。」
「けどね!餌付けされた男はくれるのが当たり前って感じになっちゃうのよ!新たな作戦に出なきゃ。…そう、色仕掛けよ!!」
「私色気ないもん。」
スパーン!!と勢い良く姫乃の頭をはたくエッちゃん。
「痛ったー!!」
「馬鹿ー!!そんなので明神さんが落とせるか!姫乃、今日は帰り家に寄って特訓だからね!」
「ええ!?そ、そんな事より、お昼ご飯のお詫びとか…。」
「いいのいいの。明神さんだって大人なんだからご飯位なんとでもするでしょ。」
「でも。」
「明神さんに、好きだって言わせたいでしょ!?」
そう言われた瞬間、目の前がチカチカした。
別に頭をはたかれたからではない。
想像してしまったからだ。
あの優しい笑顔が、自分だけに向けられる瞬間を。
あの声で、もしも「好きだ」何て言われたら。
「あ、い、い、い、言われたい…。」
「よっしゃー!!!」
友人は拳を高く掲げた。
「じゃあ、今日は放課後私の家ね!」
「うん!で、でも、色仕掛けって、あの、あんまり…なのは無しね!」
「はいはい。参考文献から、姫乃に一番なのをチョイスするわ!」
姫乃の胸に、一抹の不安がよぎる。
「…参考文献って?」
「女性週刊誌と、少女漫画の月刊誌と、ファッション誌。」
駄目かもしれない。
姫乃は漠然とそう思った。
06.「ボーダーライン」へ続く。
〜プラウザのバックでお戻り下さい〜